【136】 参院選 自民大敗の後始末 安倍首相 擁護論          2007.08.12
  −天下国家に視線を据えつつ、参院選で示された民意を汲んで 手厚い内政の充実を−


 参院選での自民党の大敗を受けて、続投を表明した安倍首相に対し退任を迫る声が、あちらこちらから聞こえてきている。前項【135】でも、私は「安倍首相が辞めなければならない理由は何もない」と安倍擁護論を展開したが、マスコミや野党…そして自民党内からも政権担当を安倍首相の続投を批判する声が聞こえてきている現在、より具体的な安倍擁護論の根拠を示そうと思う。


 まず、「国民は安倍首相を否定したのだから辞任を…」というマスコミの主張に根拠がないことは、この選挙は政権選択の選挙ではないという自明の理を持ち出すまでもないが、国民はその参院選で自民党にお灸を据えようとしたのである。醜態をさらし続ける自民党長期政権にあきれ、猛省を促したのだ。自民党は、目を覚ますきっかけを与えられたことを、むしろ感謝すべきであろう。


 「私を選ぶか、小沢さんを選ぶか」と問うた結果の大敗で、安倍首相を選ばなかったのだから辞任せよともいうが、その言葉を個人を選ぶ問いかけだと思っているのだろうか。
 参院選は、安倍晋三か…小沢一郎か…を選ぶ選挙ではない。自民党の総裁として敗戦の責任は免れまいが、今の自民党に鉄槌が下されたのだから、この自民党を改革して国民の納得を得られる政党に建て直し、次の衆議院選挙で過半数を確保…政権を維持することが、その身に課せられた責務というものだろう。


 日本のために、安倍首相の続投が取りうる最良の方策なのである。


 その理由の第一は、世界の最先進国の一国として役割を果たすべき位置にあり、内外に重要な課題を抱える日本の首相は、猫の目のように交代するべきではないからである。
 小泉首相以前、平成になってからの日本の首相の在任期間を調べてみると、1989(平成元)年6月の宇野首相から海部・宮沢・細川・羽田・村山・橋本・小渕ときて、続く森首相が退任したのが2001(平成13)年4月だから、11年10ヶ月の間に9人の首相が交代し、平均在任期間は15.7ヶ月である。
 この間、政党は集合離散を繰り返し、日本はのちに「失われた10年」と形容される低迷期に入っていく。先進国サミットに出席する日本の首相は名前も覚えてもらえず、当然ながら存在感もなくて、さしたる役割も果たせない。他国の首脳の後ろをついて歩くばかりで、言われるままに金ばかりを出していた。湾岸戦争時には、1兆2000億円もの資金を提供しながら、クウェートが出した感謝決議に日本はその対象にすら入らないという外交的屈辱を受けている。
 日本の評価が低下し、連動するように日本円も下がり続けている今、明確な受け皿もないままに在任10ヶ月の安倍首相の引き摺り下ろしを画策し、政治の混乱を招くような行動は避けるべきである。自民党は一致して安倍続投を支え、改めるべきは自ら改めて、政治を建て直し、来るべき衆院選…政権選択選挙に備えるべきであろう。それが、国民に対して責任を果たすことであり、政権政党としてのあるべき姿である。


 理由の第二は、安倍首相が、「戦後レジゥムからの脱却」(「レジゥム」を「体制」という漢字を使わなかったところに、単なる制度を改めるだけでなく、思想や文化にかかわる戦後の呪縛を一掃しようとする、安倍首相の意思を汲み取ることができる)を掲げて、今日まで手がけた「教育基本法」「国民投票法案」「社保庁解体」「政治資金規制」「公務員改革」…などの改正・制定や、彼が目指そうとする政治の方向は、歴代の内閣がやらねばならない懸案でありながら誰も手を出せなかった戦後日本の課題の解決であり、改革を前進させる確かな一歩だからである。
 衆議院における圧倒的多数を背景にした与党単独採決は、強権的なニュアンスを感じさせて、国民の反発を買った面もあったのだろう。すでに年金問題などの渦中にあった安倍首相は、参院選での与党惨敗を予想していたのか。それほど性急な、各法案の可決・成立であった。
 体制や思想の見直しを訴え、次々と重要法案を採決していく安倍首相の姿勢は、国民の多くの目には、生活者の視点が欠けているとか、強権的国家主義者であるような印象を残したのかもしれない。膨れ上がる赤字国債を根拠にして、小泉政権時代に示された、定率減税・老年者控除の廃止や医療制度改革による高齢者医療費負担増などは、国民に対して多くの負担増を強いている。それなのに、憲法改正・教育・防衛・公務員改革…を言い続ける安倍首相に、「それらの問題の大切さはわかるけれども、地方が疲弊し、個人の家計は逼迫する一方であることを、どうしてくれるんだ」と言うのである。
 安倍首相の祖父の岸信介元首相は、日米安保条約の改定反対を叫び公邸へ押し寄せる30万人のデモ隊の声を聞きながら、弟の佐藤栄作元首相に「これで死んでも本望」と言ったという。訳も解らずに「アンポ、ハンターイ」と叫んで走り回っていた幼児期から、天下国家を論じる政治家の姿を見てきた安倍晋三は、あるべき政治家像のスタンスを国家観の確立に置いているのだろう。
 しかし、だからと言って、国民の生活に対する視点を省みなくてもいいということにはならない。民主党の小沢代表は、湾岸戦争時にはしぶる海部首相の尻を叩いて積極支援を出させているし、米の自由化推進では中心的役割を果たした人物であるが、この参院選に臨んでは、「イラク支援反対」「農家への個別保障」を表明している。君子が豹変することにやぶさかではない。安倍首相も今回の参院選の大敗を受けて、より視野が広く、柔軟で的確な対応のできる政治家へと成長してほしい。

 
 逆風の中での続投は、まさに行くも地獄…である。『溺れる犬は棒で叩け』というのが、農耕民族ムラ社会の習慣だから、これからもしばらくは尻馬に乗っての安倍バッシングが湧き起こってくることだろう。
 この難局を乗り切るための安倍首相の秘策は、首相主導のサプライズ人事と思い切った政策の提示である。
 内閣改造を、挙党一致などと言って従来の派閥均衡型に戻したら、前にも書いた通り、それこそ国民は安倍晋三に幻滅し、今度こそ彼を見限ることだろう。ここでは、本当にその人に任せるのがふさわしいという人材を抜擢して、納得のいく内閣を構成しなければならない。
 麻生幹事長は動かせないとして、官房長官には中川昭一か…。極右人事とのそしりを免れないかもしれないが、これから2年間の大勝負である。ここで党の建て直しに失敗すれば、自民党の内閣はなくなるのだから、どこに遠慮することもなく大向こうをうならせるような人事をすることだ。民主党から、長妻 昭厚生大臣、前原誠司防衛大臣…などというのはどうだろう。
 また、新しい改造内閣の主眼が国民の生活向上にあることをアピールして、景気対策などの包括的な政策とともに、民主党の基礎年金以上の生活手当てを、社会主義的と言われようと提示していけばいい。財政を国民生活優先に舵取りし、首相主導の財政出動をすれば、民主党のものよりも、手厚く具体的なものができるはずだ。


 新しい政策を、しっかりと国民世論や世界に知らしめていく広報活動も、安倍新内閣の生命線である。世耕広報担当補佐官は、今日のテレビ出演で「私も自分の選挙を戦わなくてはならないし」と述べ、党の広報活動担当としての中身については「精一杯やった」と言うだけで、具体的な検証については触れなかった。
 安倍内閣がこれまで取り組んできた政治活動について、国民のほとんどはその詳しい内容や意義を知らず、したがって評価していない。この活動の低迷ぶりにはあきれるばかりだが、ましてや、先日の米下院での「慰安婦問題への日本の謝罪要求決議」に至っては、外務省の無能ぶりも叱責されねばならないし、政府広報の無策ぶりも問われて当然だろう。
 例えば、「イラク支援特措法」の重要性について、国民のほとんどは知らないのではないかと思われる。政府広報は政府の活動やその意味、成果などを、国民に知らしめることに失敗している。人材を登用して広報機能を増大させ、内外に政府や自民党の活動への理解を図るとともに、「イラク特措法」に反対せざるをえなかったことを初めとして、これから参議院で主導的な活動をする民主党の矛盾を付くことができるかどうか? 新政権の成功の鍵のひとつを握る部局である。
 
 
 また、相次いだ大臣の失言・不祥事などから、安倍内閣の稚拙さがこの大敗を招いたとして、森元首相などはテレビに出演して「若いだけではダメだということだ」と発言したりしているが、自分たちベテランが担当してきた自民党の長期政権の間に、積もり溜まった政界の塵芥が政治や行政を腐敗させ、国民の怒りを爆発させたという視点が欠けているのではないか。
 自民党歴史的大敗の原因は、長期政権の中で築かれた政官財の利権・癒着構造、社保庁に象徴される怠慢で特権的な官庁・行政、改まらない政治家のカネの不透明さ…などなど、数え上げれば切りのない不祥事を繰り返してきた自民党に対する鉄槌であり、警鐘なのである。
 ここに来てもなお、大ベテランの大野元防衛庁長官のように、「1円から領収書をつけろなんて…、これは政治の世界のことなんだから」という発言をしていては、自民党は決別宣言を突きつけられることだろう。ベテラン議員たちも猛省して、本気になって自民党の体質を改善し、負の部分を削ぎ落とす覚悟をしなくては、衆議院での過半数割れも遠い日のことではない。


 政治の本質はリーダーシップである。安倍首相は、天下国家にあるその根本的なスタンスを忘れず、同時に参院選敗退によって知った国民への配慮を怠らず、いかなる日本に仕上げていくのか…国民の明日はどうなるのか…を常に語りかけながら、自らの信じる道を歩んでほしい。
 安倍内閣が進めようとする改革を、国民は否定したわけではない。内政に対する手厚い配慮を細かく示してくれさえすれば、国民は安倍改革に期待し、これを支援しているのである。


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